大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)181号 判決 1992年7月29日

原告

半田しづへ

ほか三名

被告

金繁奎

主文

一  原告らの第一次的請求をいずれも棄却する。

二  被告は、原告半田しづへに対し、金八五六万二四三六円、原告半田昇、原告半田幸男、原告半田幸三に対し、各金三〇二万〇八一二円及びこれらに対する昭和五八年六月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の第二次的請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  第一次的請求

被告は、原告半田しづへに対し、一九六三万三四一三円、原告半田昇、原告半田幸男、原告半田幸三に対し、各六七一万一一三七円及びこれらに対する昭和五八年六月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  第二次的請求

被告は、原告半田しづへに対し、一三六七万七七九四円、原告半田昇、原告半田幸男、原告半田幸三に対し、各四七二万五九三一円及びこれらに対する昭和五八年六月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、訴外半田弘道の相続人である原告らが左記一1の交通事故の発生を理由に、被告に対し自賠法三条による損害賠償請求として第一次的には合計三九七六万六八二四円の、第二次的には合計二七八五万五五八七円の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故

(一) 日時 昭和五八年六月一五日午後七時五〇分ころ

(二) 場所 名古屋市西区上小田井二―二三先県江南路線交差点

(三) 加害車両 普通乗用自動車(名古屋五二す五一七六)

(四) 運転者 被告

(五) 被害車両 自転車

(六) 運転者 訴外亡半田弘道

(七) 態様 被告が加害車両を運転して東方から西進して本件交差点に入り右折北進するに際し、青信号に従つて対向東進してきた被害車両を見落とし、漫然同速度で右折進行したため、加害車両前部を被害車両右側面に激突させ、もつて亡弘道を路上に跳ね飛ばし、右側頭部挫創、脳挫創、外傷性脳血栓症、脳性痙攣等の傷害を負わせた。

2  亡弘道の入院及び死亡

亡弘道は本件事故後、桜井医院に昭和五八年六月一五日から昭和五九年九月一一日まで入院、同月一二日から昭和六〇年四月二〇日まで通院、同月二一日から同年五月一八日まで入院、同月一九日から同年六月一二日まで通院、同日から同月二〇日まで入院、同月二一日から同年一一月二〇日まで通院、同月二一日から昭和六一年一月三〇日まで入院して治療を受け、同日死亡した。

3  責任原因

被告は、加害車両を運転し、自己のために運行の用に供していたものである。

4  原告らの相続

原告しづへは亡弘道の妻、その余の原告らは亡弘道の子で、その相続分は原告しづへが二分の一、その余の原告らが各六分の一である。

5  損害の一部てん補等

被告は亡弘道に対し、本件事故に係る亡信清の損害につき、これまで合計一三〇万八八三八円(治療費七三万六〇三八円、付添看護料五七万二八〇〇円)を支払い、国民健康保険から亡弘道の治療費の求償分として二七二万二二一四円の請求を受けている。

二  争点

原告らは、第一次的に、訴外亡弘道の前記入通院による治療及び死亡は本件事故と因果関係がある、第二次的に、訴外亡弘道は本件事故により自賠法施行令別表五級二号又は七級四号相当の後遺障害を被つたとして、既払金を除き、第一次的に、合計三九七六万六八二四円、第二次的に、合計二七八五万五五八七円相当の損害を被つたことを主張する。

第三争点に対する判断

一  本件事故及び訴外亡弘道の死亡

前記争いのない事実及び証拠(甲一ないし六、甲七の一ないし五、甲八の一ないし四、甲九、甲一〇ないし一六の各一ないし八、乙一の三、乙二、乙三、証人桜井正、原告半田しづへ本人、鑑定人永井肇の鑑定)によると以下の事実が認められる。

1  亡弘道は、大正七年二月二四日生まれで本件事故当時六五歳であり、喫茶店の営業をしていた。

2  亡弘道は、かねて高血圧の持病を有しており、昭和五八年三月三日から桜井医院に通院し、治療を受けていたが、同月五日における血圧は最大二一五、最低一〇七というもので、高血圧症、心不全と診断された。

3  亡弘道は、昭和五八年六月一五日本件事故により、右側頭部に外傷を受け、救急車でたまたま桜井医院に搬入され、CT検査の結果、右側頭葉、左前頭葉に挫創のあることが判明し、その治療を受け、昭和五九年九月一一日退院した(以下右期間(四五五日間)の入院を「第一回入院」という。)。

4  第一回入院時における主たる治療は、外傷の治癒、脳圧の低下、血圧の制御を目的とするものであり、この時期、特段痙攣はなかつた。またその際CT検査上、脳内部に出血をうかがわせる結果が出たことがあり、脳外科への転院も考慮されたが、桜井医院から問い合わせを受けた脳外科医が転院しても保存的治療しかできない旨回答したことから、そのまま桜井医院で治療を継続することとなつた。

5  亡弘道は、退院後、昭和六〇年四月二〇日まで桜井医院に通院したが、右通院に際しては、言動、行動に異常な面があり、忘れつぽくなり通院の道も間違える、根気がなくなる、誰かれなく相手にしては「お金をあげる。」などと言うといつた奇異な言動等の症状を示すこともあつたものの、時には一人で歩いて通院するなど、その症状は一応安定していた。

6  もつとも亡弘道は、昭和五九年一二月一七日一過性脳虚血となり救急車で桜井医院に搬入されたが、症状は軽く、同夜帰宅した。

7  亡弘道は、昭和六〇年四月二一日から同年五月一一日まで(二八日間)桜井医院に入院したが、これは本件事故に由来する肩鎖関節の手術のためであり、その際、本件事故による脳挫創に起因する症状は従前と同様で、担当医は、主として血圧の制御を中心とした治療をした。

8  亡弘道は、昭和六〇年六月一二日自宅で急に痙攣発作を起こし、同月二〇日まで(九日間)桜井医院に入院した。担当医は脳性痙攣と診断したが、入院中は特段痙攣がなかつたことから、とりあえず退院することとなつた。なおその際、亡弘道の血圧はほぼ正常値を示していた。

9  亡弘道は、昭和六〇年一一月二一日ころから発語障害、左手に力が入らない、軽い半身不随というような症状を呈するようになり、同月一五日のCT検査の結果もふまえ、脳梗塞の疑いが生じたことから、同月二一日再度入院し、昭和六一年一月三〇日死亡するに至つた(以下右期間(七一日間)の入院を「第四回入院」という。)。死亡直前には、徐々に全身衰弱が進み、栄養障害から心不全を生じて死に至つた。なお第四回入院期間中痙攣を起こすこともあつたが、脳痙攣の重積のため前記のように栄養の摂取ができないという経緯はなかつた。またCT検査上、前記脳挫創が第一回入院時から明らかに逐次悪化していくという状況も認められなかつた。

10  なお亡弘道の治療は以上のとおり桜井医院においてなされたが、桜井医院通院中、その同意の下、上小田井治療院においてマツサージ等の治療を受けることもあつた。

そこで判断するに、前記認定の事実及び証拠(乙二、鑑定人永井肇の鑑定)に照らすと、亡弘道については確かに前記のとおり本件事故により脳挫創が生じたことは明らかであるが、亡弘道には高血圧の既往症があること、第四回入院時には脳血管障害によると思われる症状を呈するようになつていたこと等の前記の事実も考慮すると、その死因は直接には右高血圧症に由来するものと考えることが相当であると解される。

もつとも、亡弘道は前記のとおり喫茶店を営業していたところ、本件事故前については健康が理由となつてその営業上特段の障害があつた事実は本件全証拠によつても認められない。他方前記のとおり本件事故による脳挫創を契機に、脳痙攣のみならず、その言動、行動に異常が存し、知的障害があるようになつたことが認められる。そして前記認定の事実及び証拠(乙二、鑑定人永井肇の鑑定)によるとその程度は自賠法施行令別表五級二号(「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」)相当の後遺障害であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  損害

1  原告らは第一次的請求として、後記2ないし6の損害の外、死亡による逸失利益(請求額九四一万一二三八円)、死亡慰謝料(請求額一七〇〇万円)及び葬儀費用(請求額一〇〇万円)を請求する(他方7、8の損害は請求しない。)。

しかしながら、前記のとおり亡弘道の死因は直接には既往の高血圧症に由来するものと考えられ、本件事故によるものではないと解されるものであるから、その死因が本件事故によるものであることを前提とする第一次的請求は失当というべきである。そこで以下原告らの第二次的請求につき判断する。

2  治療費(請求なし) 四九万〇九二〇円

前記当事者間に争いのない事実、証拠(乙三)及び弁論の全趣旨によると、亡弘道の桜井医院及び上小田井治療院における治療費は、国民健康保険からの支払分を除いて七三万六三八〇円であることが認められる(なお前記のとおり右全額が既に被告から支払われていることは当事者間に争いがない。)。そして前記のとおり、本件事故及びこれによる脳挫創の重大性に照らすと、そのかなりの部分が、本件事故に起因するものと解される。しかしながら、前記のとおり、右治療費中には、本件事故には直接には由来しない、亡弘道の直接の死因である高血圧症及びこれに起因する症状の治療に要した費用もあることが推認され、前記治療費のうち三分の二が本件事故により生じたものと解するのが相当である。

736,380×2÷3=490,920

3  入院雑費(請求額五三万六〇〇〇円) 三三万七八〇〇円

前記のとおり亡弘道は四回にわたり合計五六三日間桜井医院に入院していたもので、入院雑費は、一日当たり九〇〇円が相当であるが、前記治療費につき判断したのと同様その三分の二が本件事故により生じたものと解するのが相当であるから、頭書金額となる。

900×563×2÷3=337,800

4  付添看護費(請求額二一四万四〇〇〇円) 一五九万二五〇〇円

証拠(甲九、証人桜井正、原告半田しづへ本人)によると、亡弘道の桜井医院への入院については終始その家族が付き添つたこと、特に第一回入院及び第四回入院については付添いが必要であつたことが認められる。もつとも前記の経緯で第四回入院については主として亡弘道の直接の死因である高血圧症及びこれに起因する症状の治療に要したものであることが推認されるものであるが、少なくとも第一回入院(四五五日間)についての付添看護費は本件事故と因果関係があるものと認められる。

そして右付添看護費は、一日当たり三五〇〇円が相当であるから、頭書金額となる。

3,500×455=1,592,500

5  通院付添費(請求額五四万六〇〇〇円) 二七万三〇〇〇円

証拠(甲二、甲九、証人桜井正、原告半田しづへ本人)によると、亡弘道の桜井医院への通院実日数は合計二七三日であること、右通院については亡弘道の言動、行動の異常性からほとんど毎回その家族が付き添つたことが認められるが、他方前記のとおり亡弘道が一人で通院したこともあつたこと、治療の内容は高血圧症及びこれに起因する症状の治療に係る部分もあることが認められるものである。したがつて通院付添費は一日当たり二〇〇〇円とし、その合計の少なくとも二分の一が本件と因果関係のある費用と解するのが相当である。

2,000×273÷2=273,000

6  休業損害(請求額八一二万九五八八円) 三二三万九四九一円

証拠(甲一七)によると亡弘道の昭和五七年分の前記喫茶店営業については、その売上げは一六一一万九七三二円であるが諸種の経費を控除すると一六九万九六六一円の損失となつた旨税務署に対し申告した事実が認められる(なお他に不動産収入があることも認められるが、右は本件事故により特段減少することがあるとは解されない。)。しかしながら、前記喫茶店が赤字経営であつた事実を認めるに足りる証拠は、右証拠を除いてはなく、右証拠のみによりこれを認めることもできない。もつとも証拠(甲一七、原告半田しづへ本人)によると、亡弘道は本件事故当時六五歳であつたこと、本件事故の前年の昭和五七年においては喫茶店からの収入の外にも不動産所得が諸経費控除後五五〇万七五二〇円あつたこと、前記喫茶店の営業については妻である原告しづへに対し専従者給与として年間一二〇万円を支払い、長男の原告昇夫婦に対しても二二〇万五〇〇〇円を支払うなどしていたことが認められ、これらによると、亡弘道個人としては前記喫茶店の収入から多くを得ることはなく、またその必要もなかつたものと推認することができる。そこで以上の事実に照らすと、亡弘道の本件事故時における収入は、昭和五八年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計学歴計六五歳以上男子労働者平均年間給与二七六万八四〇〇円の少なくとも三分の二はあつたものと解するのが相当である。

そして証拠(甲九、原告半田しづへ本人)によると、亡弘道は本件事故後死亡するまでの入通院期間(合計九六一日間)中、前記喫茶店の営業には全く関与できなかつたことが認められる。もつとも前記のとおり、右入通院は、本件事故のみによるものではなく既往の高血圧症等による部分もあることが認められるものであり、したがつて本件事故による休業損害はその三分の二と解するのが相当である。

そこでこれらによると頭書金額となる。

2,768,400×2÷3÷365×961×2÷3=3,239,491

7  入、通院慰謝料(請求額三五〇万円) 三〇〇万円

本件事故による傷害の部位、程度、入、通院期間等を考慮すると頭書金額が相当である。

8  後遺障害慰謝料(請求額一二〇〇万円) 九〇〇万円

亡弘道の本件事故による前記内容の障害に照らすと頭書金額が相当である。

9  弁護士費用(請求額一〇〇万円) 一〇〇万円

本件につき原告らはその解決を原告ら訴訟代理人に委任したところ、右弁護士費用は、本件事案の態様、認容額等に照らすと頭書金額をもつて相当とする。なお弁論の全趣旨によれば原告らは右金額を各四分の一宛負担したことが認められる。

10  以上によれば、原告しづへの損害は九二一万六八五五円であり、

(490,920+337,800+1,592,500+273,000+3,239,491+3,000,000+9,000,000)÷2+1,000,000÷4=9,216,855

その余の原告らの各損害は三二三万八九五一円となる。

(490,920+337,800+1,592,500+273,000+3,239,491+3,000,000+9,000,000)÷6+1,000,000÷4=3,238,951

三  損害のてん補

前記のとおり原告らが被告から一三〇万八八三八円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、原告らの相続分に応じて原告しづへにつき六五万四四一九円、その余の原告らにつき各二一万八一三九円が各損害金に充当されたものと解される。なお被告は、国民健康保険からの求償を主張するが、右はまだ支払がなされていないものであり、前記のとおり損害と解することも、既払の扱いとすることもいずれも相当ではないものと解する。

四  以上によれば、原告らの本訴請求は、原告しづへにつき損害金八五六万二四三六円、その余の原告らにつき各損害金三〇二万〇八一二円及びこれらに対する本件事故日から年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 北澤章功)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例